こうしなければいけないということの大半は思い込み

思考停止

普段していることの多くが経験に基づいて最適解を自然とだして行動しています。

それはある意味思考停止に他なりません。

新しいことがうまれる前には多くの『なぜ?』という疑問があります。

こうしなければいけないなんてことはありません。

こうした方が早いし正確というようなことが多いだけです。

こうしなければいけないというその外にこそ意外と新しい答えがあるのかもしれませんよ?

 

 

こうしなければいけないことなんてほとんどない

迷路は入り口があって出口がありますよね。

行き止まりがあって、出口にいくための道順は大半が1つしかありません。

遊ぶための決まりなのであってそれがなくては始まりませんが、いざそれが現実として目の前に現れたらどうするのでしょう?

そもそもその入り口がなぜ迷路とわかるのか?という話もあるかもしれませんが、まずその迷路に入るか否かを検討しませんか?

どんな罠があるかもわからないのですから。

もし仮に他にも道があるのなら罠や迷う危険をおかしてまでわざわざ入る必要はないはずです。

上の写真の迷路のようにスタートが迷路から離れていて、ただ向こう側へ行きたいのであれば迷路に入らず迂回すればすみます。

いやいやそんなの詭弁だよというかもしれません。

しかし迷路と聞くと順を追って正しい道順を探し出して進むものと思っていませんか?

こうするのが当たり前だと。

その迷路に天井がなければ壁自体に登って全体像を見てみるほうが手っ取り早い。

壁も壊せるかどうかを考えてみるのもいいでしょう。

制限時間がどのくらいあるかによっても他に色々な方法が出てくるでしょう。

要は実際に迷路に向かわなければいけなくなった時に、こうすべきという思い込みこそが可能性をせばめてしまう原因になっているということです。

 

 

思い込みは思考停止

あなたにとってこれはこうしなければいけないということはどれくらい身近にあるのでしょうか?

意外と多いものです。

それらは経験上そうした方がいいと、効率や結果の最大化を知っているがゆえのものでしょう。

しかし、こうしたほうがいいという当たり前の中にこそ新しい可能性が眠っているのもまた1つの真理でもあります。

 

たとえばグラボブをカットする際にこのように切っていくという切り方がありますよね。

色んな美容室があって色んな切り方があるかもしれませんが、大筋は似たような感じなのではないでしょうか?

美容学校でも一つのベーシックとして習いもするでしょう。

細かな部分は省きますが、大まかに後ろからカットしてグラデーション部分に合わせてサイドへと切り進めていくのではないでしょうか?

もの凄くかっこいいグラボブができるでしょう。

 

でも別にサイドから切ってもいいですよね?

ガイドラインなんてお構いなしに切り進めていくわけではないですよ?

ちゃんととりつつ何度カットしても同じようにグラボブというスタイルとして成り立つようにカットはできます。

引き出しの角度やら高さも気にしないといけないのは後ろから切ってもサイドから切っても同じです。

ただ後ろから切るものと思っている人からしたら慣れてないだけで、まっさらな状態でそれがベーシックだと教われば疑わないのではないでしょうか?

 

思い込みというのは厄介なものです。

確かに効率はいいでしょう。

そのために今まで先人が試行錯誤したうえで最適解として今の形があるのですから。

 

しかしそれが絶対ではないということは覚えておいてもらいたい。

情報があふれる今の世の中には知ろうと思えばたくさんのことをすぐに知ることができる時代です。

こうしなければならないという思い込みにとらわれず、いろんなことを考え、実行してみてください。

経験こそ大事なあなたの糧になってくれるでしょう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です